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大阪名所旧跡箸休め・東部編
大人の旅心にお応えする「旅と食の情報誌」  

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「河内名所図会(部分)」館内の展示物より
                     画像提供:枚方市立枚方宿鍵屋資料館
「枚方宿のにぎわい」についての説明はこちら



「北部編」のしろあと歴史館≠ナ述べましたように、今回は「京街道」から始めましょう。宿場は伏見、淀、枚方、守口です。「伏見」は灘と同じく酒どころ。「淀」は京都競馬場で有名です。現在はいづれも京都市伏見区に位置しています。


<大阪東部エリア直結>

京街道       平野町ぐるみ博物館       
 



■京街道


ここをクリックすると拡大地図を表示します





緑ピン:枚方宿鍵屋資料館    青ピン:守口宿(文禄堤)

  A:淀川資料館    B:ひらかたパーク

C:萱島神社のクスノキ   D:江戸川乱歩寓居跡  
 



京阪電車:枚方市駅で下車し、構内看板の「歴史街道 枚方宿」方面の出口をすぐ左折すると、「京街道」に出る。どの街も再開発で装いを新たにしている。

枚方市は町おこし≠ノ「枚方宿及び京街道」を前面的に取り組んでいるようだ。以前は簡易舗装のような路地も化粧されている。今日もお手入れに余念がない。標識も新しく見やすいが、やはり昔のままのこの標識の雰囲気がよろしい。

ビオルネという商業施設を越え大きな道を渡ると、街道らしい家並みが見えてくる。
各家の玄関先には季節の花の菊が鉢植えでお出迎え。なんでも、現在、「枚方宿街道菊花祭」というイベント中で、市内の小中学校から菊鉢を借り、街道の家々の庭先に飾っています。菊鉢には、俳句を短冊にて飾ってあって粋な感じだ。

本陣跡のある三矢(みつや)公園を右折して、大通りを渡ると「淀川資料館」に出る。


■淀川資料館
生活に密着してきた淀川の水運や治水の歴史、淀川で生きる動植物について、分かりやすく展示解説してある。総合学習かなにかで、館内はこども達であふれていた。

淀川資料館

元の道に戻り、資料館へ行く。


■枚方宿鍵屋資料館
江戸時代枚方宿は東海道の宿駅であり、街道に沿って流れる淀川の川港であった。
資料館は、枚方宿を代表する町家「鍵屋」と、その別棟を使った展示コーナーからなる。

枚方宿鍵屋資料館

入場料は200円。パンフレットから抜粋すると、

<鍵屋主屋>
「鍵屋」は三十石船の船待ちの宿として栄えた。その主屋を解体修理し、江戸時代の姿を復元している。


 鍵屋資料館のビデオ


<別棟展示コーナー>
宿場に残された古文書や民具、発掘調査の出土品などを展示。くらわんか舟・三十石船などの模型や映像を使って、枚方宿や淀川舟運の歴史を紹介しています。鍵屋のすぐ裏が淀川であった石垣の船着場が再現されている。7畳X9畳、63畳敷きの大広間でのお食事をどうぞ。(要予約)

船着場の模様大広間


「三十石船とくらわんか舟」のミラービジョン

淀川三十石船船歌の歌詞♪


枚方鍵屋資料館のWebサイトはこちら

<水面回廊>
資料館で「水面回廊」という親水公園があることを知り、そちらへ向かった。しばらくして用水路に出る。この用水路は、昭和40年頃までこの地で淀川から取水して北河内一帯の田畑を潤していた、とある。

三十石舟のミニチュアが浮かんでいて、しばし東屋で休息する。季節には運河の周りに草花が咲くのだろう。土蔵風の建物は公衆トイレであった。

水面回廊(みなもかいろう)

枚方文化観光協会


<<トピックス>>

今日のお土産は、くらわんか舟の和菓子、あっさりした小豆と求肥(ぎゅうひ)であった。1個110円。




さて、枚方市の花は「菊」です。菊といえば菊人形が思い出されます。菊人形にまつわるお話を次にいたしましょう。



■ひらかたパーク
関西の私鉄沿線のテーマパークはUSJや海遊館などの大型テーマパークの建設、少子高齢化やレジャーの多様化の影響を受けた閉鎖が相次いでいる。一時は100万人規模の観客を集めた「ひらかた大菊人形」も2005年(平成17年)12月に閉幕となった。

その理由に、菊人形を製作する“菊師(きくし)”の高齢化と後継者不足であった。3人の菊師の年齢がそれぞれ70歳を超え、1人が引退することも、「ひらかた大菊人形」閉幕のきっかけだったという。京阪電鉄の社史には、若い後継者の存在が記されていたが・・・・。

 その他の理由のひとつとして、大阪の人々の「古いものや伝統を大切にする」文化があまりない、というのが理由であるような説もあったが、そうだろうか?

連日満員御礼が出ている、「天満天神繁昌亭」の例もあるので、古いものや伝統を大切にする文化があまりないというのは説得力に欠ける、と思う。

たしかに大阪には「おもろい(面白い)」というキーワードがあるが、「菊人形」にも、じっくり見てみると、あの細かな職人芸には、ある意味面白いと思いますけどね〜。


見納めの「ひらかた大菊人形」のチラシ


ひらかたパークのWebサイトはこちら



■萱島神社のクスノキ
この駅「萱島駅」で乗り換えるたびに、ホームに突き出たクスノキを見上げていたのですが、今回はじっくりと鑑賞しました。

京阪電車が高架になる前はこの樹の周辺には何かの建物が遭ったのだろうと想像していました。案内板によると、樹齢約700年、高さ20m、幹周り7mの大木。京阪電鉄が高架複々線になる工事に伴い、ホーム下に入った神社とともに現在の姿となったそうです。

クスノキの葉や枝には独特の香りがします。神社仏閣にはその芳香が霊験の雰囲気つくりに役立っているのでしょう。この大きなクスノキの樹の下で、昼食を摂りました。

「萱島の大クスノキ」の由来ホームと屋根を突き抜けるクスノキ

駅の下にある萱島神社


■守口宿(文禄堤)
京街道の最終宿の守口宿には、「鍵屋資料館」のような記念建造物はありません。、ここは文禄堤(ぶんろくつつみ)として唯一その面影をとどめています。豊臣秀吉が文禄年間(1592〜1597)に淀川左岸の堤防を改修し、堤防上に陸路を開いたのが始まり、とあります。

この文禄堤の多くは淀川の改修などによって姿を消し、今日ではここ守口市にのみ残っています。しかし、そのよすがも、ところどころにある道標や案内板から町並みを見て推察するしかありません。

文禄堤には2つの橋が架かっています。本町橋は、地上3.8mの高さの位置にあります。あちこちの坂道により文禄堤の高さが分かります。

文禄堤の案内板文禄堤には橋が2つあります坂道がたくさんあります



陸橋の上が文禄堤。クリックするとの町並みです。ご主人、今から配達でっか?

左の写真は陸橋の上が文禄堤です。クリックすると文禄堤の町並みの写真です。
右の写真は地元で有名な川東提灯店。「うだつ(卯建)」と屋根には「鐘馗(しょうき)さん」、注文のしなもんをこれから配達?

人づてに、大阪市バス・今市のバス停に「京街道」の案内板があると聞き見てきました。この近くに他にも記念の道標や案内板があるかもしれません。

「京街道」の道標



■江戸川乱歩寓居跡
住所:大阪府守口市八島町1−17
最寄り駅:地下鉄谷町線守口駅2番出口

文禄堤を道なりに京都方面に歩いて行くと、国道1号線(通称:京阪国道)に出る。この道を横切ると、「江戸川乱歩寓居跡」がある。

いまどきの若い人は江戸川乱歩という推理小説家はご存じないだろうが、我々の年代には彼の怪人二十面相シリーズが懐かしい。ラジオから流れてくる「僕らは少年探偵団〜♪」や「小林くん!」を聞いて育った。

大阪の新聞社に勤務し、作品を執筆していたことを案内板に書かれている。
もっとも怪奇小説もあり、おどろおどろした内容で背筋が凍る思いで読んだものだ。

今は空き家で残っているが、早晩更地になってプレートだけになってしまうのだろうか?
写真を撮っていると、年配の方が看板を指しちょっと含み笑いをして通り過ぎた。
「ここが、例の乱歩の寓居跡ですよ・・・」と言わんばかりに。

江戸川乱歩の寓居跡とプレート





■平野町ぐるみ博物館

平野町ぐるみ博物館のパンフレット
  博物館マップをプリントアウトできます 平野町ぐるみ博物館


前段の「京街道」の項で、『大阪の人々の「古いものや伝統を大切にする」文化があまりない、というのが理由であるような説云々』で、そんなことないで〜落語の定席・繁盛亭の創設はどうなん?≠ニいう反論をしました。

今回紹介する平野町ぐるみ博物館は古いものや伝統を大切にする、という見本ではないでしょうか。かつては堺と並び栄えた環濠自治都市・平野郷は戦火に遭わなかった江戸時代の町並み、文化財、生活用具、生活習慣などの民俗を紹介する町そのものが博物館のようだ、という発想で始まったそうです。

某新聞の平野<Vリーズの連載で掲載された数箇所をレポートいたしましょう。大阪市平野区は、大阪市で最も東部に位置することで取り上げてみました。


ここをクリックすると拡大地図を表示します


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<名所旧跡直結>

緑ピン.杭全神社    赤ピン.大念仏寺  

  A.町屋博物館・今野家   B.染と織まつや  C.全興寺 

 D.平野郷菓梅月堂  E.がんこ平野郷屋敷





■杭全神社
JR平野駅の線路沿いにしばらく歩くと杭全公園に出ます。杭全神社は、別名「鎮守の森博物館」とも呼ばれていますが、境内に博物館の建物があるわけではありません。さまざまな歴史や貴重な史跡が多く残されているのでこう呼ばれています。


自治都市平野の環濠跡


貞観4年(862)に氏神としてスサノオノミコトを祀ったのが杭全神社の起こり、とあります。
大阪府指定の特別天然記念物で、樹齢800年とも1000年とも言われる大楠や大阪市の保存樹「いちょう」がみどりの遺産として守られています。

七五三のお参り特別天然記念物の大楠平野郷環濠跡の碑

毎年7月の11日から14日までは夏祭り。国道25号線は一時通行止め。山車(だんじり)が出てたくさんの人出で賑わう夏の風物詩。

杭全神社のWebサイトはこちら


■大念仏寺
杭全神社の大鳥居の前の25号線を左折すると、大念仏寺の看板があります。

大治2年(1127年)に鳥羽上皇の勅願により、宗祖良忍が開創した。坂上田村麻呂の次男で、平安時代にこの地域を開発したといわれる「平野殿」こと坂上広野の私邸内に建てられた修楽寺が前身と伝わる。日本最初の念仏道場である。(Wikipediaより)


本堂は、大阪府下最大の木造建築とかで、とにかく大きくてどっしりした建物です。
山門は江戸初期の建物で、門の傍に小林一茶がこの寺を参詣した時の句碑がある。

なぜ、このお寺が博物館かというと、毎年8月の第4日曜日に幽霊が残していった「亡女の片袖」をはじめ、数々の幽霊の掛け軸が公開され「幽霊博物館」となっているからです。

大念仏寺のWebサイトはこちら


■町屋博物館・今野家
大仏寺を出て南へ。2筋目の角を左折して東へ歩くと、右手にあります。160年前の江戸時代に建てられた物で、農家的な性格の様式を持つ当時の住宅です。残念ながら休館日で中へは入れませんでした。


町屋博物館・今野家(いまのけ)



■染と織まつや(平野映像資料館)
今野家の前を東に出て、角を右折して南へ、次の角を東へ(つまりL型に進みます)行くと「染と織 まつや」の看板が見えます。

毎月第4日曜日には、「平野映像資料館」となります。昔の平野の写真や映像が解説付きで見せてもらえます。表には和紙にこんなことが書いてありました。 ⇒ 内容

「百五十年前の大坂大地震の瓦版です 大阪は百五十年毎に大地震が来ています 今年は百五十年目にあたります 明日起きてもおかしくない 大地震に備えましょう」と、書いてありました。

地震学者は、東海・東南海地震はいつ起きても不思議は無い、といっています。怖いですねえ。お互い災害に備えましょう。


染と織まつや(平野影像資料館)安政元年大坂大地震の瓦版



■全興寺(小さな駄菓子屋さん博物館)
「まつや」から東に一筋目の道を右折して二筋目の角に郵便局があり商店街に出る。
商店街を東に行くと、大阪市内で一番古い朝日新聞販売店・小林新聞舗の「新聞屋さん博物館」は今日は休館日。

そのとなりが、善光寺ではなく全興寺。この掲示板にはお寺の由来が書かれている。
平野で最古のお寺だそうだが、境内には仏の教えを具現化した「地獄堂」や「ほとけのくに」などは、子どもだけではなく大人も楽しめそうだ。商店街側からお入り下さい。

正面よりクリックして裏門の方が、オモロイ♪


早速、境内に入ってみよう。「小さな駄菓子屋さん博物館」は今日は閉館なので、他の施設を回ってみることに。近所の子どもたちは見飽きたであろうが、万年、子ども状態の管理人には結構楽しめた。

小さな小さな蓮池で久しぶりに「めだか」を観察。金魚を放たないように、と注意書き。金魚がめだかの稚魚を食べてしまうそうだ。

「地獄堂」のおどろおどろした感じと、「ほとけのくに」の水琴窟の音♪はいかが?

「地獄堂」と「ほとけのくに」


<落語「地獄八景亡者戯>

「地獄堂」を見て、ふと落語『地獄八景亡者戯』を思い出しました。この演目は、桂米朝さんが掘り起こした大作です。

地獄へ落ちた三人がお互いの現世の所業について、閻魔大王の前で罪状を裁かれています。裁判の結果、三人とも地獄行きとなり共に不服申し立てしましたが聞き入れられません。そこで、相談して閻魔さんに仕返しをするという内容です。

話の途中に最近の社会風刺が入ります。若い落語家さんも挑戦しはります。どんどんチャレンジして貰いたいものです。




■平野郷菓梅月堂(和菓子屋さん博物館)
この周辺には多くの博物館があります。隣の平野郷菓梅月堂「和菓子屋さん博物館」に寄ってみました。

旧奈良街道にあった、老舗太子堂の分家として、明治42年に創業。平成10年より、平野の和菓子屋さん博物館として、店内の一角に菓子作りの道具を展示している。
毎月第4日曜日に要予約・有料で季節の生菓子づくり体験ができる。


和菓子屋さん博物館


かなり歩きました。そろそろお昼にしましょう。商店街を出て25号線沿いを東に歩いていき、二股の交差点を左折してしばらく歩くと、お食事処「がんこ平野郷屋敷」に出ます。


■がんこ平野郷屋敷(くらしの博物館)
代々豪農として栄えた辻元家の屋敷を生かして、和風食事処「がんこ平野郷屋敷」の敷地内の蔵を「くらしの博物館」として当時の生活用品を展示しています。

入り口くらしの博物館


展示室には昔の道具や什器が展示され、2階の漆塗りの箪笥、長持が時代を感じさせます。オープンは今から16年前の平成3年です。当時、管理人はここをしばしば利用しました。16年振りでしたが、当時のままの落ち着いたお食事処でした。

入口の注意書きに、今日は催しものがあるので席が少ないと張り紙がありました。
民芸風の掘りごたつのテーブルに座り周囲を見渡すと懐かしい青い大皿が眼に入りました。ご機嫌さん、お達者でっか≠ニ、あほなことをつぶやきながら、南蛮風ランチを頂きました。

お手洗いの時に別室を観察すると、お座敷では落語会≠フ最中でした。
昼間っから、結構でんなあ〜

口上展示品箪笥


支払いを済ませて、庭に出てみました。筧(かけい)の調子が悪そうなので、ちょっと直してみましたが、あまりいい音はしません。瓜田に沓を入れず≠ニやらで、長居は無用です。早く退散しましょう。この屋敷の裏がJR加美駅です。


がんこ平野郷屋敷の庭園


ほんの数箇所を回ってみただけですが、ひとつひとつの博物館は小さいですが、歴史と伝統が残っています。そうしたわが町を愛でている雰囲気が感じられました。
一度、マップ持参で第4日曜日に出かけて見ませんか?


<<平野町ぐるみ博物館のご注意>>

毎月第4日曜日は幽霊博物館以外、見学できます。各館の開館日・時間を確認の上見学して下さい。

くわしくはこのWebサイトでご確認を!地図はプリントアウトできます 平野町ぐるみ博物館

総合案内はこちら → おもろいで平野








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注:当ページの情報は、潟[ンリン「大阪のあるきかた」を参照に、当サイトにて関連情報を付加したものです。

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